かくいうもの

いつでもきょうがいちばんたのしいひ

1Q84 BOOK3

それはあまりにも長く、そして深い時間だった。
ため息に近い何かが漏れた。外からでは、神経を研ぎ澄まさないかぎり、そうして初めて辛うじて聞こえるであろう音を伴っていた。内からでは、地面の下を流れる地下水脈の猛々しい耳を劈くような、轟音とも思わせる音だった。

そして、世界の色が塗り替えられた。目に映るその世界は取り立てて変化はないように思えたが、間違いなくそれは行われた。誰のでもない意志の力によって。


渾身の力で魂を揺さぶらないとこちらの世界に戻ってこれなかった。いや、戻れたかどうかも定かではない。念のため足元をみたが、何の確認にもならなかった。



一日中本を読んでいたのはいつ以来だろう。とうの昔にそういった類の時間の使い方をしなくなっていた。正確には、忘れていた。何度かコーヒーを入れ直して、一日の殆どの時間を費やして月が二つある世界を漂っていた。


1Q84のBOOK3を読み終えて、何かを取り戻したような、そんな感触が胸の奥にうっすらとではありながら確実に芽生えていた。そう、こういう時間を求めていたんだと、唐突に気がついた。それも切実に求めていた。3巻に及ぶ大作ながら、一向にだれることがない物語の屈強さ。それでいて、流れる空気の緩やかさと、また、その緩やかさと相反するような非日常的な湿度の存在感は、自分という生き物に確かな物を残していった。これだから村上春樹は狡い。

最初からリアルなものなんてなかった。それが小説の面白いところであり、巧みに描写されて思う存分振り回された。気づくと目が話せなくなっていた。愛について、それに基づいて信じることについて、その結びつきの強さについて、幾分かのそれでいてまとまったボリュームの時間を割いて、真剣に考えざるをえなかった。「我々」は青豆であり、天吾だった。もしくは牛河だった。「クールな青豆さん」と声に出してみたかったが躊躇われた。心の中でつぶやくに相応しいものなのかもしれない。多分音として発するものではそもそもないんだろう。



微睡みから目覚めようとするかのように頭を左右に振ってゆっくりと部屋を見渡した後、窓の外の気配に意識を集中した。雨の音がしていた。密やかに、ただし厳粛に。
ということは、月はもちろん出ていない。残念ながら。


1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3