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かくいうもの

いつでもきょうがいちばんたのしいひ

僕達の夢。

日記

今日は、弟の話です。ここを読んでいるそうなので、本人にも読まれること承知の上で、それでも書きます。

酔っ払ったときに、それもごくごく稀に話すことなんで、恥ずかしいのですが今日は素面で書こうと思います。



俺には2つ下の弟がいる。なので今年31だ。
一緒に自転車乗ったりしてるのでこのブログにもちょいちょい出てきてます。
以前はプログラミングの仕事をしてたり土日にはネットゲームに興じるタイプで、兄とは正反対。似ているのは非コミュなとこ(おいおい。

そんな一見内向的で実際自分でもコンプレックスに感じてると口にするぐらい非コミュな奴ですが、それでも俺の人生を動かすぐらいの行動力があるやつなんだ。ぶっちゃけると尊敬している。ああ、言っちゃった恥ずかしい。

俺の想像を越えていく。

今でも実家ぐらしの弟は神奈川県の平塚市在住。
まず最初に弟は、その平塚から波照間島まで歩いて行きやがった(海上は当然船だけど)

波照間島 - Wikipedia


その話を聞いたのは母からだったと思うけど、正直最初は何やってんの?と思ってた。けど足に血豆を何度も作りながら辿りつきやがった。コイツ何考えてんの。と思ったと同時に「羨ましい」と思ったのだ。2chのスレなんかでそういうことやってる人いたりするし、広い日本を見れば何人もやってる人はいるんだろうけど、まさか家族がそういうことやっちゃうなんて。完全に負けた。思いついても実際に行動できる力は俺にはなかった。(思いつきもしなかったし。。)帰ってきてから見せてもらった靴はボロボロになっていて、その距離の長さと時間の長さを魅せつけられて、心底悔しかった。写真も見せてもらったけど、実際に自分の眼で目撃してきた風景を俺が見ることは出来ない。仕事があるから出来無い、時間がないとかは所詮言い訳で、やりたいことをやってしまうエネルギーをコイツは持っていて、俺は持っていなかった。突き動かされる思いがあった、けど俺は何をやればいいんだ。当時の俺は夢らしい夢も持っておらず、ただ自堕落に日々を浪費しているだけだったので、余計に突き刺さった。


しばらくして、コレまた母から聞いて驚いた「ロードバイク買って乗ってるよ」
まただ、また俺の想像を越えていく。


俺も直ぐに自転車を買った。クロスバイクだけど。買って直ぐそのクロスバイクで中野の自宅から平塚まで自転車で帰省した。80km以上の道なりでヘトヘトだった。どうだ!という気持ちだったけど、弟はその日霞ヶ浦から自転車で帰ってきた。160kmぐらいだったらしい。すぐに俺はロードバイクに買い換えた。クロスバイクでは物足りなくなったのもあったが、早く追いつきたかった。それでも一緒に走っても先に行くのは必ず弟だった。1回目の佐渡を走った時も先に足をついたのは俺だった。常に前を走っていた。


最近は富士山にバイトに行ったり、八丈島にバイトに行ったりもしていた。自由すぎるし素敵過ぎる。



追いつけない存在が、弟であるのは悔しかった。でも自転車という楽しいことをはじめるきっかけを与えてくれたのはとても嬉しかった。今だから言うけど弟の真似をしたかっただけなんだ。


弟の見る夢と今。

弟が乗ってる自転車は正確にいうとロードバイクではない、ツーリングバイクと言って、見た目はロードバイクそっくりだけど、タイヤががっしりしていたり、フレームが太かったり細かいところが違う。その名の通り、旅をする為の自転車なのだ。弟はその自転車で日本を一周することを夢見ている。素敵だ。かっこいいじゃないか。その為に、自転車整備の知識はものすごく勉強しているし、キャンプ関係の知識と装備もバッチリだ。なんてったって一昨年の佐渡は自転車で行ったぐらいだから。。あとは時間とお金さえあれば、というところまで準備は進んでいたはずだった。


そんな弟が今、どこにいるかと言うと。横浜市鶴見区のとある病院の1室である。


昨年の春に逆走自転車とすれ違う際に接触して怪我をした。
俺の自転車の師匠である弟が逆走自転車とすれ違う際に接触して救急車で運ばれ、... - 自転車部 - joruri - はてなハイク



そのあと、顔や歯だけではなく、膝の靭帯も断裂していたことが発覚。
暫く通院治療とリハビリをしていて、一度は繋がった靭帯だったが、生活するなかで次第にまた悪化してしまい、ついに手術が必要になってしまった。で、手術をしたのが今月の中旬。先日の平日休みの際に日帰りで見舞いに行ってきた。
これまた母から聞く話には、ここ最近は家族ともろくに話をしなかったらしい。それでも会いに行って病室に顔を出したら元気な顔を見せてくれた。下らない雑談も含めて3時間ぐらいは話しも出来た。正直ほっとした。


ものすごく辛いはずだ。それは容易に想像できる。もう自転車に乗れないかもしれないのだ。事故をしてから10ヶ月の間どんな思いでいたんだろうと考えるだけど苦しくなる。本人の苦しさは尋常じゃなかったはずだ。
不自由がある身体でも日常生活はなんとか出来るレベルにはなるだろう。でも自転車に、それもスポーツとしての体力が必要なぐらいの本気の自転車に乗るまでには、どれだけの時間がかかるのか、時間をかけたところで乗れるようになるのか。


俺が同じ目に合っていたら、とうの昔に心は折れてしまっていたに違いない。
弟は違った。今病床にいながらも、将来のことを考えていた。退院まで1ヶ月かかる。そのあとのリハビリは1年から1年半だ。またそっからのやり直しだ、それでも全く諦めていない。なんでコイツはこんなに強いんだ。ホントにコイツが弟なのか。兄の俺は何をやってる。仕事が忙しいからといって、人生投げ出しがちがじゃないか。楽しめてんのか? そんなダメダメな兄に比べて、しっかり行きてやがって素晴らしいし、やっぱり尊敬する。俺はコイツのためにコイツの夢の為に全力でサポートしてやろう。俺は俺が走りたいところを走って自慢してやろう。そして一緒にまた走りたい。その時は俺が前を行く。それが俺の今の夢だ、俺たちの夢だ。


家族であろうと頼らない頑固なところがあるし、心配なところはたくさんあるけど、
誰よりも強い意志の力が彼に幸せを与えてくれると願ってやまない。


今だけは神頼みだってする。頼むから彼の足を、膝を回復させてやってくれ。自転車に乗せてやって下さい。お願いします。