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かくいうもの

いつでもきょうがいちばんたのしいひ

仙台で暮らすということ。

日記

1年前のその日。俺は新宿のビルの30Fで揺れを感じた。1年後の今日、俺は仙台で働いていた。

1年後のその日だってのはわかっていた。でもサービスを止めるつもりはなかったので黙祷とかはしなかった。「やりませんか?」という意見もあって考えなかったわけではなかったんだけど、やめにした。手を止めることは簡単だったけど、それよりも全国にサービスをきちんと届けてるほうがいい気がしたから。


仙台で暮らすようになったのは、何か特別な思いがあったわけでは全くなくてただの転勤。上司から話しをもらったときにも特別な思いはなかったし、こっちに来た時も普通。スーツケースと一緒に新幹線を降りたらいきなり雪だったということぐらいで、北にやってきたな。っていうぐらいだった。でも、仙台に来てもう2ヶ月。やっぱり考えることは変わってくる。だって一緒に働いている人達の多くが実際にここ仙台で被災した人達だから。休憩室で顔を合わせたスタッフと話しをしてると、「働いてた会社が流されちゃってー」なんて話を聞くことはよくある。震災で失業したという人が100人単位で働いているんだ。


1年間、誰もが考えたように俺もまたいろんなことを考えてきた。でも東京にいるうちは、東京にいるからの考えでいて、節電で暗いなー、とか、募金しよう、とかで。やっぱり「助ける」側。応援する側。それはこっちに来たからといって立場は変わらず、被災者になるわけでもないんだけど、「する側」にはなった。何を?復興?わかんないけど、する側。


流行った?と言ったら言葉が正しくないかもしれないけど「絆」とか「なんとかJAPAN」とかは今でも嫌い。どーでもいい。
それより、何を考えてどう行動するか。行動できなくてもどういう思いで生きていくか。それでいいんじゃないかと。共有したいっていうのは全然なくて、一人ひとりそれぞれの考えでいればいい。とより強く思うようになった。忘れないことと、もっと楽しく生きる努力をしていく事、いや、努力ってのはちょっと違うかな。とにかく楽しむこと。楽しんだら周りにもちょっと伝染する。そういう風に行きていきたいし、そうやって暮らして行きたい。被災地に転勤で来た「地方者」だからって躊躇してしまうんじゃなくって、やりたいことやって行こうと思うんだ。みんなね凄いエネルギーを持ってるの。でもそれを発揮するには確かに企業の力も必要なの。着火剤として燃料としてお金は必要。でも火がついたらしっかり燃え上がれる。その為に風をしっかり起こしたい。それは一人一人から。


なんてことを考えつつも、実際の現実の俺はどうかというと、残業残業で社畜街道まっしぐら。休みの日は一日中ベッドで過ごして凝り固まった体が余計に硬くなるという精神状態。心は何度も折れそうになりながらも、なんとか一日一日を乗り越えて行っている。それでもこんなレベルのツラさではない、痛みがここの街にはずっと残り続けているんだろうし、みんなで必死に癒そうとしてる。それが伝わるし、むしろそういう人が生きる仙台の街に俺が生かされてる。なんて思う。


ダラダラと失礼。ありったけの祈りを込めて。


朝。