かくいうもの

いつでもきょうがいちばんたのしいひ

フラッシュバックメモリーズ3Dを観た。

2013.4.20 フォーラム仙台でGOMAのフラッシュバックメモリーズ3Dを見てきました。
仙台ではイベント上映として、この日の一回きりの上映。満席でした。

底なしとも思えるような絶望の淵から這い上がった男の話。


知らない人のために。

About GOMA ・・・1973年1月21日生まれ。大阪府出身
ディジュリドゥアーティスト 画家
単身で渡豪した、オーストラリアで数々のコンペティションに参加し入賞。 98年アボリジニーの聖地アーネムランドにて開催された「バルンガディジュリドゥコンペティション」では準優勝し、ノンアボリジニープレイヤー として初受賞という快挙を果たす。国内外の大型フェスにも多数参加し、自身の10周年の活動をまとめた映像制作をしていた09年交通事故に遭い高次脳機能 障害の症状が後遺しMTBI軽度外傷性脳損傷)と診断され活動を休止。事故後まもなく突然緻密な点描画を描き始める。プリミティブでありながら親しみや すい抜群の色彩感覚と自由な発想で、未来へと生きる事に向き合った「純粋な創造」ともいえる絵画作品は、2010年夏に行われた初の個展『記憶展』として 結実し、各種メディアや全国版の新聞にも取り上げられ社会的な関心を集めると共に連日大勢の人々が詰めかけた。その後も懸命にリハビリを続け再起不能と言 われた事故から苦難を乗り越え2011年6月に静岡で行われた野外フェスティバル「頂」にてシークレットゲスト出演をし、FUJIROCK FESTIVAL’11にて伝説のライブを行い、奇跡の復活を成し遂げた。

http://gomaweb.net/profile.html


こちらはインタビュー記事。
記憶を失った音楽家GOMAが、「未来」を信じるまで - 音楽インタビュー : CINRA.NET



2009年の交通事故の後遺症で、過去の記憶の一部をなくしてしまった。さらに事故後も5分前のことを覚えていないというような状態が続いていた。ミュージシャンとして、どころか普通に生きていくことさえ困難を極めたであろう人が今目の前にいる。どうしても会いに来たかった。


もともと名前を知ってるぐらいで事故にあったことをニュースで知っていたレベルの2011年の夏。苗場。今も忘れる事が出来ないほど感動的にココロに残っているヘブンでのライブ。轟音とともにオーディエンスを巻き込む最高のライブだった。その中心にいたのがGOMAだった。ライブ中から号泣していた。凄まじい音楽の力に。ライブ後に咆哮するGOMA。俺は天に向かって拳を突き上げていた。俺だけじゃなくあの場にいた全員が。あの時ホントに奇跡ってものを感じたんだ。




ライブ映像の背景として、過去のGOMAの映像が写真が流される。手前に現在、後ろに過去。そうしたかったから3Dで撮ったとの松江監督のお話。オーストラリアに武者修行に行っていた24歳のGOMAや事故に合う前のライブの様子、プライベートの映像、事故後のGOMAの日記や奥さんの日記。淡々と流されていく。映画自体はそれだけのもの。

終演後のアフタートークでの質疑応答で答えるGOMAは表情が乏してくて、言葉もところどころ弱くって、なんだかとても切なくなったけど、それでも真剣に答えるために向き合っている姿に、凄く生というものを感じた。フジロックで号泣していたあの姿を俺は思い出したけどGOMAはあのステージを覚えているんだろうか、最後にパンフレットにサインを貰うときにフジ見ましたよ、といった時の薄い反応からすると覚えていないんじゃないのだろうかと思う。悲しすぎるし辛すぎる。それでも前を向き続けるGOMAになんら障害をもたない俺が勇気づけられてしまった。

4年ぶりに仙台に来た。ただいま、と言っていたが記憶があるわけでなく、写真などで「把握」したという、なんかもうしょっぱなからあ、本当に記憶が欠けてるんだという、衝撃。

事故後は5分前、10分前の記憶も消えてしまう、この4年もどうやって生きてきたか曖昧だという。ミュージシャンが「リキッド」をわからない、自分のCDのリリースライブだってしたことがあるのに。そんな事があっていいのかよ。
その絶望感たるや想像することさえはばかられる程に深く大きかったはずだ。なぜか事故後に絵を書きだしたがその理由もわからないという。過去に絵を書くことに興味があったわけでも無いという。でもその絵を書きだしたことで、救われているという。絵の個展を通じて人と会う場が出来て外に出るようになった。待ってる人がいることで自分にできる事があるんだと考えることが出来た。
10年ぐらい過ぎると新しい神経が繋がるのだという、そうしたら何で絵を書き始めたかがわかるかも知れない。
もしわかったら是非語ってもらいたい。

脳で記憶が出来ないから体で記憶する。感覚的に、直感的に動かす。GOMAの独特の手の動きはひとつの楽譜だ。楽譜を体で記憶して演奏する。音楽はそうやっても奏でることが出来るんだ。

GOMAを生かせている原動力は他ならぬ「人」だと。人と何か話す、ほっとする。事故の後は本当に人生が終わったと思った。だから今日この瞬間にみんなと会えることが本当に嬉しいと。お決まりのサービスとしての言葉ではなく、本心だった。もう、涙あふれたよ。この人強くてカッコイイ。

会場には同じ障害を持ってる人がいて、その方々からも質問が飛んでいた。そう、GOMAという音楽家が好きな人が観にきてるんじゃなくて、同じ境遇の人がGOMAにすがっているのだ。そういうった人にとっては大きな確かな希望だもんな。GOMAは言った。笑えるようになったらそれだけで幸せになれる。生きているだけで幸せと。笑顔がないわけではない、本当に全力で笑うには時間がかかるんだろう。



今でも障害は続いていて昨日わかったことが今日はわからないかもしれない。記憶の安定感がないという。だから言葉にも自信がこめられないんだろう。不安であったことさえ忘れてしまうんだろう。なんだそれは、そんなのありなのか。苦しすぎるだろう。
そんなGOMAがこの日それでも一番笑顔で、一番力強く話したのは、同じ障害を持つ人に向けて「僕だけでもないし、あなただけでもない」と勇気づけた言葉だった。きっとその方はひとつ救われただろう。


今はGOMAは、音楽だけでなく、絵や、文章を作品として残そうとしているという。作品で誰かをハッピーにさせたいと。
この日ここでGOMAに会えて良かった。GOMAが人と出会うことで前に進むのと同時にGOMAに会った人もそれぞれ進む。そんなことを感じる時間でした。いやほんと凄くカッコイイいよ。


あなたが覚えていなくても俺はあの日のフジのステージを忘れることはないし、この日のあなたの声も表情も、言葉も忘れない。最後に握手してもらった手の感触も忘れません。あなたが忘れてしまうかもしれないものをみんなが大切に記憶してます。


GOMA
こちらこそありがとう。

なんか感想というものでなくてスミマセン。上手く言葉にできなくて。


映画『フラッシュバックメモリーズ 3D』公式サイト
GOMAWEB.NET



I Believed The Future.

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Soul of Rite

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