読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいうもの

いつでもきょうがいちばんたのしいひ

コミュニケーションは「畑を耕すようなもの」

今日、部下と面談をしていて思ったことがある。
能力的に評価をしている部下から、一つ上の職位に上がりたいとの訴えだった。
その意欲が嬉しかった。でも、彼には課題が一つあるのだ。

特定の人間とのコミュニケーションがうまく出来ない。

大多数の人間には気持ちよく接しているし、信頼も受けている。しかし、2、3人の同僚との関係にひびが入っている状態なのだ。


コミュニケーションを円滑に進めることは、人を使う今の職場ではとても重要なこと。職位をあげてさらに影響力を発揮する為には、避けて通ることの出来ない重大な課題だ。


彼の問題意識や行動力は前々から評価をしていた。仕事も意図的に彼に回して着々と準備をしてきている。彼もそれに応えて成長を見せている。でも今一歩殻を割れていない。それゆえに、一部の人間とわかりやすく衝突をしてしまっている。いくつかアドバイスをしてみたのだが、やや頑固な面もあり、未だ脱していなかった。


そんな中で、自ら希望をしてきたので、ストレートにぶつけてみたところ見えてきたものがある。


なぜ、自ら険しい道を用意するのか。

「僕は、周りの目を気にしないですから」


彼はそう言った。ん? そういうんじゃないぞ。


彼は自分が、他人との人間関係に問題があることを認識してはいるものの、「自分がどう思うか」を軸としており、客観視することが出来ないでいるんだ。そう思ったときになんでそんな険しい道を自ら用意するようなことをするのだろうと不思議に思った。


ちなみに私は、社会に出てから人を嫌いに思ったことはない(と思っている)
そりゃあ、気の合う、合わないはある。でもどんな人でも、興味を持って接すると好きにはならないしろ嫌いになることなんてないもんだ。仕事での人間関係ならなおのこと。興味をもって尊敬をして働くことで、いくらでもコミュニケーションを円滑にすることが出来る。仕事の本質は「いかに楽に仕事をするか」であるいうのが持論なので、自ら苦しい方に向かっている彼が不思議でならなかった。


しかし彼と話をしているうちに彼の本心が見えてくる。本音は発する言葉と正反対であるもの。彼は人の目は気にしないと言いながら、自分の発する言葉や行動が相手に影響を与えることを恐れているのだ。怯えている、とまで言ったらちょっとどころか、極端すぎるのかもしれないけど、「どう思われてもいい」とは彼の保身の為に出た言葉だったのだ。


彼は自分自身を保つ為に、他人に影響を受けないように生きようとしていたんだ。

畑を耕すように地ならしをする

彼には、「ならす」という発想がなかった。なので人間関係なんて畑を耕すようにして予めならしておけばいくらでも上手く運べるんだよ、といってもピンとこないようだった。たとえがヘタすぎとは言ってくれるな。これでも思いついたときは「ナイス!」と心の中で叫んだんだぜ。


そもそも、人の数だけ違う考えがあるんだ。ここは学校の一クラス。そう思って見てみると、違って当たり前なのがわかると思う。それがまず大前提。別々の考えを持った人達がたまたま一緒にこの会社のこの部署にいるぐらいのことなんだよ。集団なんてそんなもん。だから、最初っからそのつもりでいることが大事。耕すこともせずに種を植えても芽さえ出ないよ。だから、しっかりと耕しておく。興味を持って接すること、尊敬をして接すること。時には自分から踏み込んでみること。


一度壊れたものをもう一度作るのはとてつもなく大変だ。0からではなく、マイナスからだからね。でも彼にはそれをリクエストした。ちゃんと耕して、一皮向けてくれ。


反省もした

強い人間なんてほとんどいない。強く見える人間でさえ、案外脆かったりするもんだ。ちょっと見失うと、取り返しが付かなくなることがある、というのを改めて思った。幸いにして彼にはまだたくさん解消の為の手段が残っていたけども。